横浜英和学院の正門横の内側に、遺跡があったことを示す説明版が設置されています。
(説明板)
「成美学園遺跡
南区蒔田町124
学校法人 横浜英和学院内
成美学園遺跡は、縄文時代早期(BC6000年頃)・前期(BC4000年頃)、弥生時代中期(AD1世紀頃)から奈良時代(AD8世紀頃)にかけての集落遺跡です。
昭和59年(西暦1984年)、小学校前広場の一部が発掘調査され、弥生時代中期から古墳時代後期にかけての竪穴住居跡が16軒発見されました。
弥生時代中期の大形住居跡からは、広口壷・小形細頸壷・甕・高坏などの土器や、太型蛤刃石斧・ノミ型石斧・大形砥石などの石器が出土しました。
遺跡のある蒔田の丘は、大岡川に向って張り出した標高 30mの台地で、頂上は約3haの広さがあります。集落は、この台地のほぼ全域におよんでいたと推定され、大岡川流域の古代集落の中でも、近くの三殿台遺跡と並ぶ拠点集落であったと思われます。
また、ここには中世に吉良氏の居館としての蒔田城が築かれ、北側の斜面には腰曲輪の跡とみられるものが残っています。
※発掘調査が行われた昭和59年のころの本校の名前は、成美学園と呼ばれていたので、「成美学園遺跡」と名付けられました。
平成23年2月 横浜市教育委員会」
勝国寺は吉良家の菩提寺です。
「吉良左京夫政忠公の墓所」があります。