〇 烏森駅開業時「柱」と「床の軸線」(新橋駅)
〇 新橋駅西口広場(蒸気機関車)
○ 乙女と盲導犬の像
○ 愛のライオン像
日本の鉄道発祥地として、また鉄道開業150周年を記念し、令和4(2022)年にJR新橋駅北改札前に「明治41年製造の柱」が設置されました。
明治42(1909)年12月に「烏森駅」が開業し、大正3(1914)年12月に「新橋駅」と改称しました。
(プレート文)
「明治42年烏森駅開業時「柱」の由来と「床の軸線」
明治5年(1872年)新橋・横浜間に日本で最初の鉄道が開業いたしました。
当時の新橋駅は、現在の東新橋付近に設置され、「新橋停車場」として親しまれましたが、大正3年(1914年)、東京駅開業により42年間の幕を閉じました。その後「汐留駅」と改称し、昭和61年(1986年)にその役割を終えました。
現在の駅は明治42年(1909年)12月、わが国初の煉瓦アーチ橋の高架駅(烏森駅)として誕生、同時に山手線電化工事が完成し、烏森〜品川〜新宿〜池袋〜田端〜上野間で電車運転を開始いたしました。そして、大正3年(1914年)12月、東京駅開業に合わせて「新橋駅」と改称し現在に至っています。
平成14年(2002年)、3・4番線ホームエスカレーター新設に伴う階段解体工事のため、開業当初から93年間ホーム階段を支えてきた「明治41年製造の柱」は、取り外して保存してきました。
「柱」から海側に延びる 「床の軸線」は、新橋停車場があった方向を示しており、令和4年(2022年)10月14日、鉄道開業150年を記念して新橋停車場から現在の新橋駅に“鉄道発祥の地としての歴史をつなぐシンボルライン”を床に刻み、この「記念柱」とともに設置しました。
令和4年(2022年)10月新橋駅長」
新橋駅西口広場(通称SL広場)には、昭和47(1972)年の鉄道開通100年を記念して、
蒸気機関車(C11形292号)が設置されています。
毎年、冬にはSL機関車イルミネーションとして電飾されます(こちらで記載)。
また、令和4(2022)年の鉄道開通150年を記念する取組の一環として、
令和5(2023)年3月に、蒸気機関車の前面に高輪築堤を再現したモニュメントが設置されました(こちらで記載)。
あわせて、鉄道の歴史や鉄道にゆかりのある場所を掲載した案内板が設置されています。
(掲示)
「ヒートアイランド抑制対策
この広場の中央部の900uでは表面の保水性ブロックに自動的に雨水を給水するシステムを導入しており、夏の間、打ち水をしたような状況を人工的に作り出しています。
展示の蒸気機関車について
新橋駅(汐留駅)から一番列車が出発した鉄道発足100周年記念にあわせ、地元商店街や町会の活性化を目的に昭和47年(1972年)から展示されています。
機種 C11 292号
重量 66.05トン
製造 昭和20年
(姫路機関区所属)」
「鉄道発祥の地 港区」
鉄道の歴史や鉄道にゆかりのある場所を掲載した案内板が令和5(2023)年3月に設置されました。
(説明板)
「鉄道発祥の地 港区
明治5(1872)年10月14日、
日本初の鉄道が新橋ー横浜間で開業しました。
東京駅
東京駅は大正3(1914) 年にレンガ調の駅舎として竣工しました。昭和20
(1945) 年の戦災により、ドーム・屋根・内装を消失しましたが、その後保存・復元工事により、今の駅舎となりました。
新橋駅西口広場
新橋駅西口広場には、昭和20年代に運行していたC-11蒸気機関車のほか、信号機も展示されています。新橋駅の赤いレンガアーチは明治時代に作られた高架橋で耐震補強を経て今もなお現存しています。
品川駅創業記念碑
新橋ー横浜間が正式開業したのは明治5(1872)年10月14日ですが、同年6月12日に、品川ー横浜間で仮開業していました。「品川駅創業記念碑」が建てられています。
井上勝の墓
東海道本線と山手線に挟まれたこの地を、井上自ら墓地として選んだのは、死後も鉄道を見守っていきたいという意向の表れであったと伝えられています。
井上勝の像
丸の内駅前広場には、日本最初の鉄道である新橋一横浜間をはじめとした初期主要路線の敷設に貢献した「鉄道の父」井上勝の像があります。
旧新橋停車場
新橋駅から汐留方面へ少し歩くと、明治5(1872)年に開業した「新橋停車場」を当時と同位置に外観を再現した鉄道歴史展示室があります。館内の旧新橋停車場では、発掘された駅舎の遺構や出土品が公開されています。
高輪築堤跡
港区三田三丁目・高輪二丁目には、明治5(1872)年に日本最初の鉄道を、新橋ー横浜間に開業した際、海上に構築した軌道である「築堤」が残っており、第7橋梁は約80mに渡って現地保存されています。」
東京虎ノ門ライオンズクラブが盲導犬の啓蒙のために、
「乙女と盲導犬」(橋本次郎作)を、昭和44(1969)年に日比谷公園内に建立しました。
その後、昭和49(1974)年10月にニュー新橋ビル前歩道に移設されました。
当時の盲導犬はシェパードが主流だったことから、銅像もシェパードです。
台座には作詞家・脚本家の川内康範氏による詩が刻まれています。
(台座)
「街は
こんなにも明るいのに
どこかに翳りがある
心のささくれ
あなた
語らずにぬくもりを
求められずにぬくもりを
あの街に
この街に
川内康範」
(説明板)
「乙女と盲導犬の像
盲導犬は、視覚に障害のある方の歩行を助け、生活の大きな支えとなっています。
「乙女と盲導犬の像」は1969(昭和44年)に東京虎ノ門ライオンズクラブにより建立されました。この像を出発点として日本で初めて盲導犬パレードや募金活動が行われ、盲導犬への理解が広がる拠点となりました。
2002(平成14年)には、盲導犬を含む身体障碍者補助犬の同伴受け入れを義務づける身体障者補助法が成立いたしました。街で盲導犬に出会いましたら、どうぞ温かく見守って下さい。
盲導犬の育成は、皆様の善意に支えられ運営されています。
「乙女と盲導犬の像」は、盲導犬の更なる普及を願って立ち続けるでしょう。
この盲導犬の像の犬種は、1969年当時に盲導犬として主に活躍していたジャーマンシェパードです。現在は、ラブラドール・レトリーバーが多くなりました。
東京虎ノ門ライオンズクラブ
日本初の盲導犬育成団体 Since 1967
財団法人日本盲導犬協会」
「乙女と盲導犬の像」の近くには東京虎ノ門ライオンズクラブの記念モニュメントがあります。
昭和57(1982)年に、「東京新橋ライオンズクラブ25周年記念」に建立されました。
ライオン像の左手に銀の筒の募金投入口があり、募金は港区社会福祉協議会を通じて、福祉事業に利用されています。
(参考)みらいおん 新宿駅東口駅前広場 新宿区新宿3-38
新宿駅東口には、東京新宿ライオンズクラブが設置するライオン像があります(こちらで記載)。
こちらも募金箱になっていて、ライオンの口に紙幣や硬貨を募金投入すると、ライオンが吠えてお礼します。