Discover 江戸旧蹟を歩く
 
 竜泉

  〇 たけくらべ大黒屋の寮跡
  〇 遊女屋の「寮」
  〇 和泉物産


○たけくらべ大黒屋の寮跡 あらき薬局 台東区竜泉3-6-4 HP

 新吉原は「お歯黒どぶ」に囲まれ、揚屋町通りの入口には、かつて跳ね橋が架けられていました。
 新吉原は外界より一段高くなっており、その痕跡が今に残っています。
 「たけくらべ」(樋口一葉)には、
 「むゝ美登利さんはな今の先己れの家の前を通つて揚屋町の刎橋(はねばし)から這入つて行た」の記述があります。

 あらき薬局は、新吉原の揚屋町通り入口にあります。

    

 風俗業界向けの商品を販売しており、店頭には、風俗用品自販機登場が設置されています。
 ヤギの「メ―くん」が店頭の小屋にいます(撮影禁止とあったのでメーくんは撮らず)。
 ※ヤギの「メーくん」は2024年3月9日に逝去しました。

   

<たけくらべ大黒屋の寮跡>

 「たけくらべ」(樋口一葉)の主人公である美登利の家のモデル、大黒屋の寮跡があった三角地帯(台東区竜泉3-7)前にある
 あらき薬局の柱にプレートが設置されています。

    

 「大黒屋」所在地
  

 「松大黒楼」所在地

 

(プレート)
 「樋口一葉 たけくらべ
  美登利の家 大黒屋の寮跡」

  

(説明板)
「明治26年から同27年にかけて、樋口一葉がこの茶屋町通り(当時下谷竜泉寺町368番地)に住んでいた頃、前方の車道の西寄り三角地帯に名作「たけくらべ」にでてくる美登利の家のモデル大黒屋の寮(当時下谷竜泉寺町150番地)があり、そこには美登利にそっくりな娘もいた。
 寮主は石野平次郎で、新吉原京町2丁目26番地の妓楼松大黒屋を経営しており、当時の新吉原細見記をみると、その妓楼には、太夫大巻がいてお職を徹している。
 「たけくらべ」の原作未定稿「雛鳥」の一部は、一葉がこの竜泉寺町にいた当時に書いたものと推測され、そこに登場する子供達はみなそれぞれ地元にモデルが実在した。
  1989年11月23日一葉忌 荒木慶胤 記」

  


〇遊女屋の「寮」

 江戸時代の新吉原遊郭では、大見世は別荘(別宅)を所有し、全盛期の遊女が病気や妊娠の際に療養に使われたり、
 新吉原が火災のため営業できなくなり、幕府が場所を指定して仮宅営業となった際は、拠点となりました。
 遊女屋の別荘(別宅)は「寮」と呼ばれました。
 龍泉寺村や千束村は、新吉原の近郊でありながら比較的閑静な土地だったため、新吉原の大見世が寮を構えることがありました。
 「たけくらべ」(樋口一葉)に登場する遊郭の大黒屋の寮もその一つです。
 永井荷風の随筆にも「龍泉寺村の寮」といった表現があります。

「江戸名所百人美女 千束」(豊国・国久)

 美人は、簪を何本も挿すなど、花魁級の遊女です。
 部屋には、身請けする旦那からの結納品である品々が積まれています。
 こま絵の「千束」に、新吉原の大見世の「寮」が描かれています。

   

「東京三十六景 浅草酉の市」(昇斎一景 都立図書館蔵)

 百人美女のこま絵と方向は異なりますが同じような光景です。
 酉の市帰りの熊手を担いだ人々が浅草田圃の中を浅草五重塔の方へ歩いています。

  

「名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣」(広重)

 酉の町の日には、新吉原では大門以外の門も開けて参詣客が自由に往来しました。
 このため酉の町は、新吉原も盛況でした。
 吉原の妓楼の二階の格子窓から猫が浅草田甫を見つめています。
 窓の向こうには、「酉の町」への参詣者、参詣を終えて熊手を担いで帰る者が多く描かれています。
 畳の上には参詣客のお土産でしょう、熊手の形をした簪(かんざし)が並んでいます。
 
   


○和泉物産 台東区竜泉3-6-6 HP

 あらき薬局から路地に入ると、観光土産食品加工製造卸業「和泉物産」があります。
 店頭直売で、雷おこし、人形焼き(袋と箱)、のりせんべい袋を売っていました。
 袋入り人形焼き(8個)は400円と格安です。
 12時から13時は休憩ですが、休憩時間外でしたが、忙しく梱包作業中で休憩中と掲示がありました。

    


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