大正14(1925)年12月23日に「多摩川駅」(旧多摩川園前)の駅前に「温泉遊園地
多摩川園」が開園しました。
社長は五島慶太、取締役は渋沢秀雄(渋沢栄一の四男)が就任しました。
阪急の宝塚新温泉を意識した施設で、小劇場「小鳥座」が建てられ「多摩川園少女歌劇団」が結成されました。
園内は大浴場を備え、飛行塔、波乗りボート、お化け屋敷、メリーゴーランド、豆汽車、大山すべり等の遊戯施設や水族館がありました。
春の桜の花見や秋の菊人形展でも多くの客で賑わいました。
「温泉遊園地 多摩川園」は、入場者数の減少等により、昭和54(1979)年6月3日に閉園しました。
跡地は「大田区立田園調布せせらぎ公園」等となっています。
「地図抜粋(1949年)」
「多摩川園前駅」の西に「亀甲山古墳」、東に「多摩川園」が記されています。
〇絵葉書「(温泉遊園地)多摩川園」(たましん地域文化財団蔵)
大浴場のある本館は「夢のお城」と命名されていました。
豊富に湧水する湿地帯である「沼部石菖谷(ぬまべせきしょうだに)」に施設は設置され、
施設名に温泉とありますが、湧水を沸かして、香水風呂が供されていました。
残念ながら大浴場は昭和24(1949)年1月に焼失しました。
「大浴塲鳥瞰図」
「大浴室内部その一」「大浴室内部その二(湯瀧)」「大浴室内部その三(上り湯)」
「建築写真類聚 第5期 第15 (遊園地の建物)」(建築写真類聚刊行会 編 大正15年)
「入口門」「音楽堂」「魚のトンネル(水族館)」
「玄関ホール」「遊戯室」「食堂」
「東京横浜電鉄沿革史 大正七八年頃の沼部石菖谷(多摩川園敷地)/園内一部」(東京急行電鉄 昭和18年)
多摩川園が設置される以前の一帯は「沼部石菖谷(ぬまべせきしょうだに)」と呼ばれていました。
多摩川沿いの崖線から清水が湧き出る自然豊かな谷筋でした。
この石菖谷の地形や湧水を利用して、「多摩川園」が建設されました。
「新興日本」(東京日日新聞社 昭和9年)
広告が掲載されています。大山すべりの写真が使用されています。
「香水風呂」「運動器具充実」とあります。
「トッパンの写真絵本 あたらしいのりもの」(トッパン 1953年)
多摩川園の遊戯施設のアトラクションの一部の写真が掲載されています。