伊興寺町は、関東大震災後、都内(浅草、下谷、本所)から移転してきた寺院によって形成された寺町です。
○ 東陽寺 東伊興4-4-1
○ 法受寺 東伊興4-14-8
○ 正安寺 東伊興4-3-3
○ 易行院 東伊興4-5-5
○ 常福寺 東伊興4-6-1
○ 専念寺 伊興本町2-14-2
○ 栄寿院 東伊興4-1-1
○ 正楽寺 東伊興4-2-1
○ 本行寺 東伊興4-6-10
○ 蓮念寺 東伊興4-7-21
○ 長安寺 東伊興4-10-18
○ 善久寺 東伊興4-11-1
○ 淨光寺 東伊興4-12-6
○ 渕の宮氷川神社 東伊興2-12-4
〇 白旗塚 東伊興3-10-14
○ 伊興遺跡 東伊興4-9-1
<狭間道周辺案内図/伊興昔話あれこれ>
(掲示文)
「伊興昔話あれこれ
・伊興の「い」は、い・ろ・はの「い」、一番始めにできたところ、興ったところ、という意味。いい名前。
・関東大震災が起き、昭和四年頃、浅草、下谷、本所から寺が引越しをしてきた。現在、近くを含めて十八寺ある。西の烏山寺町と並んで伊興寺町は有名になった。白幡塚交差点から氷川神社まで、桜のトンネルができていた。残しておけば良かったが、終戦間際に燃料がたりなくなって木炭にするんで枝を切ってもっていったり、バスを通すんで、舗装しようということで、桜並木もなくなってしまった。
・このあたりは、「狭間」と言い、雉がいて、「けんけん」と鳴いていた。「狭間」というのは谷下の泥海と前沼の沼の間の狭い所なので、「はざま」と言った。谷下のことは「やじった」と言った。
地域の長老の話を聞く「伊興の昔水をめぐって」より 語り部 田中正次さん
東伊興地区景観まちづくりを考える会」