○ 観世音庚申堂(出羽三山塔/庚申塔)
○ 欅橋(玉川上水)
○ 清流の復活ー玉川上水ー
○ 井の頭御賜公園 別頁
玉川上水のけやき橋袂に堂宇があります。
面白い堂宇で、東向きに開口している面には出羽三山供養塔があり、
北向きに開口している部分の右半分には庚申塔があります。
堂宇は、石板によると「観世音庚申堂」とあります。
<出羽三山観世音塔>
嘉永4(1851)年銘の出羽三山観音塔です。
「月山 湯殿山 羽黒山 観世音 西國四國秩父坂東」
<庚申供養塔> 三鷹市文化財
享保14(1729)年銘の庚申供養塔です。
(説明板)
「三鷹市指定文化財 石造庚申供養塔
種別 重宝
年代 享保14年(1729)
指定年月日 昭和53年(1978)5月8日
所在地 三鷹市上連雀1-2-1
庚申信仰は中国から伝わり、平安時代の貴族社会に行われた。その後庶民の間に伝わった。近世になると、農村社会に庚申講が広まり庚申供養塔が建てられた。
これは庚申塔 の建立が盛んなころのものである。
農村が安定した時期で、人々の生活を反映しているかのように塔型も整っている。
平成4年(1992)7月31日 三鷹市教育委員会」
玉川上水に架かる欅橋です。
「玉川上水の維持管理に努めています 東京都水道局」
(説明板)
「清流の復活ー玉川上水ー
玉川上水は、約330年前(承応2〜3年)江戸の飲料水供給のために作られた上水路です。
この上水は、江戸市中への飲料水の供給という本来の目的を果たす以外に、武蔵野台地の各地に分水され、飲料水・かんがい用水・水車の動力として武蔵野の開発に大きな役割を果たしました。
近年まで、この上水路はそのまま淀橋浄水場への導水路として使われていましたが、新宿副都心計画による淀橋浄水場の廃止に伴い、昭和40年以後小平監視所より下流については、水がとだえていました。
しかし、このたび東京都の清流復活事業により、野火止用水に続き玉川上水にも清流がよみがえりました。
1986年8月」
「清流復活事業とは
東京都では、都民が水辺に親しむことができるように、せせらぎの水音が聞え、周辺のみどりとともに目で見て楽しむことができるような清流復活をめざしています。
この玉川上水に流れている清流は、多摩川上流処理場の処理水をさらに砂ろ過したものを利用しています。
東京都環境局自然環境部」